10年前、私はまだ高校生。県立中等教育2校開校当初のエピソードには、個人的にも関心があります。
CG’s EYE
県立中等教育学校の歩み
No.043 2019年03月01日
10年前の2009年は、神奈川の教育に新たな風が吹き込まれたエポックの年でした。県内初の公立中高一貫校、県立中等教育2校の開校と、全国初の理数科専門高校、横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校の開校です。いずれも優れた教育実践によって高い人気を持ち続けています。今回は県立中等教育学校の歩みにスポットを当ててお届けします。
公立中高一貫校第一志望の中学受験も一般的に
僕自身、当時の資料や製作物を振り返る良い機会になるので楽しみだ。県教委主催の開校に向けての説明会、そして開校後の学校取材、ここ10年間の僕の仕事は公立中高一貫校抜きには語れない(笑)。さて問題。現在と開校当時では、受験に関わる決定的な違いがある。それは何でしょう?ヒントは「6:2:1」です。
県立中等教育の選考資料の扱い「適性検査6:グループ活動2:調査書1」ですね。「合計して10にならないのは選考資料の1割に作文があったから」と編集長に教わりましたよ。検査が2日程に及ぶ受験生の負担を軽減するために、作文で見ていた「本校で学ぼうとする意欲や目的意識」をグループ活動で見るようにして、検査から作文をなくしたのでしたね。その変更は2012年度入試からでした。
そうだった(笑)。初年度の検査日程は2月1日(日)に適性検査と作文、2月7日(土)にグループ活動が行われた。なぜこの日程だったか知っている?
2月1日は東京・神奈川の中学入試解禁日だということぐらいしか…。
開校前年の説明会では、受験生が小学校を休まずに受験できる土・日に設定したと県の担当者が回答していた。2年目以降は受験動向を踏まえて再検討するということだった。これまでの検査日程は【1】の通りだ。
【1】 県立中等教育2校の検査日程
年度 | 適性検査・作文 | グループ活動 | 合格発表 |
---|---|---|---|
2009年度 | 2月1日(日) | 2月7日(土) | 2月11日(水) |
2010年度 | 2月3日(水) | 2月6日(土) | 2月11日(木) |
2011年度 | 2月3日(木) | 2月5日(土) | 2月10日(木) |
2012年度以降 | 適性検査とグループ活動2月3日 | 合格発表2月10日 |
翌年から適性検査が2月3日に移動したのが最も大きな変化ですね。
東京・神奈川の私立中学入試解禁日の2月1日に検査が実施されることに対しては賛否があった。2月1日は私学との「すみ分け」ができるという賛成意見、逆に受験者が奪われるのではないかという反対意見など聞こえていたね。結局翌年から、先行する都立中高一貫校の2月3日実施に変更されて今に至る。
神奈川に限らず他都道府県公立高校入試は、検査日から発表までおよそ1週間あります。公立中高一貫校入試の合格発表も1週間かかるのは仕方ないことでしょうか。
その問題提起は重要だね。公立高校入試と公立中高一貫校入試とでは、受験の仕方が決定的に違う。公立中高一貫校の優れた教育実践が評価され、公立中高一貫校を第一志望にして私学を受験するご家庭も一般化している。公立中高一貫校の誕生は、中学受験のすそ野を広げたわけだ。公立中高一貫校第一志望の生徒は10日の発表後に私学の入学を辞退する。辞退のあった私学では繰り上げ合格を出すわけだけど、たとえば難関校が繰り上げ合格を出すと上位校で辞退が発生して、というように繰り上げ合格の連鎖が起きる。繰り上げであっても志望校に合格できることはご家庭にとってうれしいことだけれど、言い換えればその期待を持ちながら過ごす時間が長引くことでもある。都立中高一貫校は2月9日の合格発表だし、2012年度開校の横浜市立南高校附属中は初年度2月8日の合格発表だった。合格発表日が1日でも早まることを、僕個人としては期待したい。
全国に53しかない中等教育学校
それでは県立中等2校のプロフィールを教えてください。
まず、中高一貫教育校という新しいタイプの学校が法律で制定されたのは1999年のこと。【2】のように3つのタイプが定められた。中等教育学校は高校募集を行わないので純粋な6年間一貫教育ができる反面、母体校と全く異なる学校にするのでたいへん。学校数が物語っているね。ちなみに横浜市立南高校附属中学校は、当初中等教育学校で発表されたが、OBや地元の反対で併設型に変更された経緯がある。その併設型は、高校に附属中学校を設置するものだけど、高校からの入学者との合流がいわば永遠のテーマだ。中等教育学校も併設型も、学習指導要領に縛られないカリキュラムを組むことが可能だけれど、併設型の場合は、高校からの入学生を考慮したカリキュラムだったりクラス編成だったり考える必要があるわけだね。
【2】 中高一貫教育校の種類と学校数(平成30年度学校基本調査)
タイプ | 実施形態(文部科学省説明) | 全国学校数 | 神奈川県 |
---|---|---|---|
中等教育学校 | 一つの学校として一体的に中高一貫教育を行う | 53 | 5 |
併設型 | 高等学校入学者選抜を行わずに同一の設置者による中学校と高等学校を接続する | 490 | 33 |
連携型 | 市町村立中学校と都道府県立高等学校など異なる設置者間でも実施可能な形態であり、中学校と高等学校が教育課程の編成や教員・生徒間交流等の連携を深めるかたちで中高一貫教育を実施する | 207 | 42 |
本題と外れますが、神奈川の連携型校数は全国で突出していますね。
愛川町立中学校と県立愛川高校の連携が2010年度から、横浜国立大学附属横浜中学校と県立光陵高校の連携が2012年度からスタートした。そして2016年度から始まった「県立高校改革Ⅰ期実施計画」が加わり、現在【3】のように連携募集が行われている。それぞれの中学校長の推薦を受けた志願者の中から面接、光陵高校は加えてプレゼンテーションで選考される。◇印の高校は、進行中の「県立高校改革」で掲げられている重点目標のひとつ「インクルーシブ教育」実践推進校だ。療育手帳判定基準B2に該当する程度の知的障がいの生徒が推薦対象だ。
【3】 県内連携募集(2019年度)
高校 | 連携先 |
---|---|
光陵 | 横浜国立大学附属横浜中学校 |
愛川 | 愛川町立の3中学校 |
◇茅ヶ崎 | 茅ヶ崎市立・寒川町立の16中学校 |
◇足柄 | 南足柄市立と中井・大井・松田・山北・開成各町立の9中学校 |
◇厚木西 | 厚木市立の13中学校 |
平成30年度は国・公立、私立含め全国に750校の中高一貫教育校がありますが、中等教育型は少ないのですね。県立中等教育学校はどのような特徴を持って誕生したのですか?
同じ県立中等教育だけれど
母体校は相模原中等が相模大野高校、当時の学区トップ校。平塚中等が大原高校、当時の学区3番手校だった。説明会や取材で相模原中等は「大野高校の良さを引き継ぐ」、平塚中等は「全く新しい学校を創る」。大学進学目標について相模原中等は明言を避ける一方、平塚は「全員が国公立大学進学可能な力をつける」と明言していた。
同じ県立中等教育でもずいぶん違ったのですね。
制服も、相模原中等の男子制服ボタンは「大野」の文字デザインがあしらわれた。一方平塚中等はコムサデモード。一新だね。
平塚中等の力の入れようは相当だったのですね。
相模原中等もそれは同じ。並々ならぬ準備だったと思うよ。でも平塚中等は平塚駅から歩くと30分かかる立地ということもあり、「新しい学校」をアピールする必要が相模原中等以上にあったということだと思う。
教育内容に違いはあったのですか?
設置計画では、相模原中等は「科学・論理的思考力」平塚中等は「表現コミュニケーション力」の重視という特徴づけがされ、相模原中等には「サイエンスチャンネル」という科目が用意されたりもした。でも「科学・論理的思考力」も「表現コミュニケーション力」もどちらも重要な力。際立った違いにはならなかったと思う。目標値こそ示さないものの、2校とも大学入試センター試験5教科7科目受験をゴールにしていたからね。
横浜市立南高校附属中も生徒全員のセンター試験5教科7科目を一つの指導目標にしていました。
6年間の学びを通して自分の将来像を描き、その実現のために進路を選択する。その進路は国公立大に限ることではないけれど、6年間の学びの集大成として、5教科7科目受験を掲げるというのが、県立中等教育でも市立南高附属中でも共通しているね。そしてそれは保護者の公立中高一貫校への期待と合致している。【4】は横浜市立中高一貫校開校が公表されたタイミングで市内の小学生保護者に中萬学院が行った、インターネット調査結果。最も期待することが「国公立大への現役進学」だった。
時代の先端を行く教育実践と成果
編集長は開校以来2校を毎年取材していますが、変わったこと変わらないことはありますか?
特に開校から数年間は、訪問するたびに何かしら目に見える変化があったね。自習室が整備されたり掲示物が充実したり、単語テストなど日々の学習に楽しく取り組む工夫が見られたり。開拓者の1期生が進級するたびに、新たな取り組みが生まれていた気がする。先生方と生徒が一緒に新しい学校を創っているという実感があったね。【5】は開校から半年後に、中等教育2校に進学した卒塾生保護者の満足度アンケート。先生の熱心さが伝わる結果だ。2校の教育実践は、開校当初懐疑的だった「アンチ公立派」の人たちの評価を覆していくようになった。
授業はどうでしたか?
たとえば数学は2校とも「体系数学」を使うなど、中高一貫教育校のメリットを生かした指導だ。特に前期課程の授業は一言でいうとアクティブ。国語や英語では音読する生徒の声が響き渡り、先生との言葉のキャッチボールも盛ん。グループワークやペアワークも授業に多く取り入れられている。生徒同士議論したりみんなの前で発表したりと言語活動が重視されていることがよく分かる。毎回授業見学が楽しみだったね。新学習指導要領では「アクティブ・ラーニング」が重視されているけれど、2校とも10年前から重視している授業スタイルだ。一方、宿題はみっちり出される。特に1・2年生では、家庭学習習慣をしっかり身につけることが重視されている。姪っ子が通っているが、週末は宿題でヒイヒイ言っているよ(笑)。
大学合格実績は、2校とも県内の公立校トップランクです。1・2年生からの積み重ねが大事なのですね。
それはこれまでお会いした校長先生が等しくおっしゃる点だよね。それと、英語力が身についているので、受験期は他の教科に力を入れることができるのも大きいとおっしゃっている。その英語力は、しっかり4技能を高める実践的な指導で、イングリッシュキャンプなどイベントもいろいろ組まれている。新時代の大学入試でもアドバンテージになるだろう。一方で数学でつまずかない生徒をどう育てるか、ということは歴代の校長先生から聞いた課題だ。算数の力をしっかり持った生徒に入学してもらいたい、というのは適性検査の作問からもうかがえるね。公立中高一貫校を目指す小学生は、低学年のうちから図形や算数パズルにたくさん親しんで、算数力を身につけてほしいと思う。
今のは宣伝ですね(笑)。
もちろん。小学校低学年の時にこそ、取り組むべき学習があるのです。
横浜市立2校適性検査
前号の倍の記事量になっています(笑)。最後に今年の公立中高一貫校入試のトピックスでしめてください。
1つだけ挙げるなら、横浜市立2校の適性検査Ⅰが共通問題になったことだね。去年まで横浜サイエンスフロンティア高附属中の適性検査Ⅰは横書きの問題文に記述も横書き、対して南高附属は縦書きだった。共通問題は縦書きの問題文、4千字の長文を350字以内に要約、400字の文章とその長文の共通点を50字以内で記述する問題だったね。都道府県の正確な位置が分からないと解けない資料問題、西郷隆盛と大久保利通を選ばせる歴史問題も出題された。
問題文は「先生」と「みなみさん」「りかさん」の対話で進み、4千字の文章は外山滋比古氏の日本語を安易に横書きで書くことへの警鐘を鳴らす文章でしたね。
横浜市立中高一貫校適性検査Ⅰはこれから縦書きですよ、と宣言する内容だったね。2つの文章の共通点をまとめるというのは、大学入学共通テストの試行問題にも通じる出題だった。適性検査の作問は相当の労力を要するものだから、今後適性検査Ⅱも共通問題になるのかどうか、注目したいね。