furel
2014年9月公開号
vol.31 特集:青山学院大学学長 仙波憲一先生講演会「世界の発展と若者の責任」
青山学院大学学長 仙波憲一先生講演会
今回のfurelは、CG高等館・東進衛星予備校、神奈川新聞社主催「大学受験セミナー」での青山学院大学学長仙波先生の講演をお届けします。
※掲載文章はご講演内容をもとにfurel編集部が構成・編集しました。
青山学院大学学長
仙波憲一
青山学院大学経済学部卒業
同大学大学院経済学研究科修士課程修了(専攻 理論経済学)
青山学院大学国際政治経済学部専任講師、助教授を経て、1993年教授に就任。その後、2003年副学長、2008年国際政治経済学部長、大学院国際政治経済学研究科長を経て、2011年12月から現職。
知識基盤社会での世界の発展とは
言葉の定義が大事ですので、「成長」と「発展」の違いから説明します。「成長」はgrowth、「発展」はdevelopmentです。たとえば「経済成長」は量的拡大を意味し、これに加え「経済発展」は質的構造的変化、すなわち経済諸制度の長期的変化をも含みます。
では「世界の発展」とは何か。それは人々の生活が豊かになり生活の質、人生の質が深まることです。その発展には限りがないと言えます。短期的には我々が利用できる資源は有限です。しかし長い目で見れば、知識・情報・技術・生産の価値は増やすことができます。それらを増やすためのシステムが工夫されていかなければなりません。その多くを担っているのが企業でありますが、実は一番重要な役割を担うのが我々自身なのです。
現代社会は知識基盤社会と言われます。知識・情報・技術が、生きていく上で、あるいは社会を作っていく上でいちばん基本となるものです。知識には国境がありません。だからグローバル化が進みます。知識基盤社会では、グローバル化は当たり前なのです。また知識の進化は日進月歩です。そこには競争と技術革新が起こります。さらに、知識の進展は旧来の考え方、すなわちパラダイムの転換を伴います。社会には従来の考え方ではとらえきれない問題がたくさん出てきていますから、それをとらえられる新しい考え方が求められます。今の時代に生きている人は誰でも、性別や年齢に関係なく新しい知識を理解して社会の変化に対応する使命を負っているのです。
世界は新たな秩序を模索する変革期にある
ところで、発展にはひずみが生じます。そこに目を向けなければなりません。アンバランスな発展をもたらす象徴的な言葉として「貧困・格差」があります。貧しさゆえに教育に手が回らない。すると教育格差が貧困格差を助長し、やがて争いが生じる。こうした中で、真の意味での発展を達成することが大事です。
人類が直面している課題をglobal issue(グローバル・イシュー)と言います。世界経済の変動、民主化運動による政情不安、民族・領土問題、テロとの戦い、環境問題、インフルエンザなどの公衆衛生問題。こういったさまざまな課題を解決していかなければなりません。global issueをどう解決するかが、我々にとって大きな課題なのです。
これまで人間は、国の利害が対立したとき国家間で調整するシステムを作ってきました。例えば政治的調整機関がUN(国連)、経済的調整機関がIMF(国際通貨基金)やWB(世界銀行)です。やがて問題解決には国連だけでは不十分だということで、1975年にジズカールデスタンフランス大統領が提唱し、先進6カ国によるサミット(G6)を作りました。その後参加国は増え続け、今では「G20」と呼ばれます。20の参加国と地域の総人口は全世界の三分の二を占めます。そして世界の貿易総額の約80%を、世界が1年間で作り出す総価値の約85%を占めます。
ところが、G20では数が多すぎて議論がまとまらなくなってしまったのです。国連もG20も「制度疲労・機能不全」を起こしています。G20の次は「G2」つまりアメリカと中国が主導権を取るという人もいれば、「G0」つまり中心になる国はもうないという人もいます。人間が作る制度やルールは時代ともに変化すべきものです。国家間の経済規模に大きな変化が生じ力関係が崩れ、社会環境や人の考え方、行動様式も変わってきました。そのような新たな事象やリスクに対して、仕組みも変えていかなければなりません。今皆さんはそういう時代に生きています。何を信頼して何を基準にすれば良いかが分からなくなり、新たな世界秩序を模索する変革期にあるのです。
日本に目を移してみましょう。大まかに言うと、日本は約1兆円、国民一人当たり約1千万円の借金を抱えています。財政赤字は世界一です。また日本は「課題先進国」とも言われます。その一つが少子高齢化への対応です。多くの問題を抱える医療・年金制度をどう設計していくかも課題です。日本が持続可能な社会システムを作れば、世界各国が日本モデルとして参考にすることでしょう。なおアジア諸国が日本に寄せる期待・信頼感はいまだに強いものがあります。たとえばいつでも安心して飲める水を作るノウハウを世界に売るなど、社会インフラのシステムや仕組みといった日本発信の社会モデルの構築に期待しているのです。
グローバル社会で活躍する人材とは
ここでグローバルの意味を確認しましょう。国際はinternational、国と国との間ですから国が単位です。ところがグローバルのglobeとは地球という意味ですから、国という概念を超えた地球規模の概念です。それゆえ、人間一人ひとりという単位が重要視される時代です。「あなたは何をしたいの?」「あなたは何ができるの?」が一人ひとりに問われる時代が、グローバル時代です。そのことをきちんと理解しておく必要があります。先ほど出てきたglobal issue、人類共通の財産であるglobal public goods(国際公共財)など、人類共通の価値・財産をいかに持続的に発展させていくか、そして自分がどう考え、そのためにどう行動できるかが重要なのです。
これからの市民は「global citizen(地球市民)」の意識を持つことが大切です。地球規模の視野を持ち、他者を尊重配慮し、誰とでも協力して課題解決に取り組める人間が求められます。社会性を持つというのは、他者を尊重し配慮することです。一人ひとりが大切で、一人ひとりが主役の時代、同時に一人ひとりが自分に責任を持つ時代。若い皆さんは、これから自分がどんな役割を果たせるかをきちんと考えなくてはならないのです。
ではグローバル社会を担う人材とはどのような人材でしょうか。「グローバル人材育成推進会議中間まとめ」(2011年6月)を見てみましょう。
また、これに加えグローバルリーダーに求められる能力は、私なりに次の3つが必要であると考えます。
「学習」は答えのある学びです。他方、答えのない学びが「学修」です。答えがないからこそ、どう答えを導きだすかを工夫するところに意味があります。スポーツでの学びはまさに「学修」です。なぜ負けたか(問題発見)、克服すべきポイントは(課題設定)、どのような練習・準備をすればよいか(課題解決)。このプロセスで先頭に立って皆を引っ張っていくのがリーダーです。
変わる大学での学び、そして高校生に求めるもの
このような変化の中、大学も変わってきています。昔はdiscipline(ディシプリン)型、すなわち学問分野で学部の名称や教育内容が決まっていました。今はグローバルイシューに対応できる学部が求められ、interdisciplinary(インターディシプリナリー)型すなわち学際型、あるいは課題解決型の学部もあります。ですから皆さんはディシプリン型を選ぶかあるいはインターディシプリナリー型か、または課題解決型を選ぶかを考える必要があります。
また講義形態も変化しています。補習(リメディアル)教育、教養教育で幅広く学ぶ、そして、active learning、project based learningといった主体的に学ぶ参加型授業形態が多くなっています。先生方がテーマを与えて学生たちがチームに分かれて議論し、その結果を戦わせて学びを深めていく。原理原則の基礎を教えるときは講義形式ですが、高度化した実践的議論をするときは圧倒的に参加型授業に移って来ています。そしてインターンシップ、サービスラーニング、海外研修など、体験型学習を通して知識と現場とのギャップを経験し、新たな気付きを持ってもう一度学びに戻っていきます。
知識と体験とのギャップや、コミュニケーションギャップから、気付きが生まれます。この気付きが多い人ほど、先に行って学問的にも人間的にも大きく成長します。だからたくさん本を読み、たくさん知識を身につけ、同時にそれらを現場に行ってチェックする。そこから本当の意味での勉強が始まると思います。
では高校生の皆さんが今取り組めることは何でしょうか。私は次の3つだと考えます。
まずやるべきことは、この3つだと思います。そしてこれに加えて必要となるのがコミュニケーションスキル、特に英語です。ただしきれいにしゃべれなくてもいいのです。日本人の英語でかまわないから、どこに行っても臆することなく話せることです。また歴史を知らない人間は成長しない。自国理解としての日本史、世界理解としての世界史。これに加え国語力、特に作文は大切です。また数学は考え方の道筋、すなわち論理を学ぶことで知識を身に付けるのです。
つまり基礎的な勉強を知識とスキルに分けて学ぶこと。そして単に身につけるだけでなく、人間や社会のあるべき姿を模索し、学んだことを正しく運用できる見識を持つこと。これが「教養」です。基本的なディシプリン(学問・学科)がない人に教養はありません。きちっとしたディシプリンがあるうえで教養がある、ということを理解してください。
callingとabilityとresponse
それでは最後に「若者の責任」について考えましょう。責任はresponsibilityです。responseは反応するとか応える、abilityは能力という意味です。そして仕事・職業はcallingです。自分がやりたい、やらなければと思うことが職業なのです。
責任を果たすというのは、自分が選んだり社会から望まれている仕事や使命に必要な能力を身につけて応えること。それが責任です。大学はその能力を身につけるために行く。能力を身につけて皆さんへの期待や皆さんのやりたいことにresponseするために行くのです。この意味で大学の4年間は自分を探すキャリア・エデュケーションなのです。自分は何をやりたいか、社会に対してどんな貢献ができるか、4年間で自分の使命を探すことです。
皆さん一人ひとりがresponseできるabilityを身につければ必ず社会は変わる。個人が自覚を持って勉強していけば、身の回り・地域・世界が変わっていくのです。
世界を発展させるために担っている責任を、ぜひ勉強を通じて果たしていただきたい、これが私のメッセージです。