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2013年9月公開号
vol.20 C+human:“Mother Port School”私学で学び育つ、一つの価値
全国の私立中学の中でも、近年大きく難度を上げた代表格の洗足学園中学高等学校。
神奈川女子最難関校の一つに数えられるようになった、その教育内容について前田隆芳校長先生にお聞きしました。
前田たかよし先生プロフィール
洗足学園中学高等学校 校長
前田 隆芳
Maeda Takayoshi
1948年愛知県生まれ。1975年洗足学園中学高等学校に勤務。教務部長を経て1989年教頭に就き学校改革に着手、2002年校長就任。
神奈川最難関の女子校へと成長した背景
本校への評価が近年上がっているとするならば、それは大学進学実績ではなく、社会に出てどう成長してくれるかを考えたプログラムに変えた結果であるととらえています。学校の本質は勉強するところです。豊かな心と幅広い教養を身に付け、その先の社会に出てどう自分を生かすかのための、学力形成・人間形成の6年間です。
学力形成でいちばん大事にしているのは「授業」です。週あたり34コマある授業数も大学受験科目に絞ることなく、たくさんの科目が学習できるようにとの思いから増やしたものです。21世紀という変革の時代には、幅広い知識と柔軟な思考力が求められます。一つの事象に対して、身に付けた幅広い知識を活用してロジカルにあるいはクリティカルに考えられる力です。授業は、生徒がその力を身に付けるために行われなければいけません。言葉を換えれば、授業は方を伝える場であると思います。たとえば数学なら数学を通して生き方を伝えること。先生方にも常々話していることです。先生は生徒の心に火を付ける先生でなければいけない。生徒は先生との信頼関係、先生の人柄、人間性に啓発され啓蒙されて勉強するものだからです。
学力形成と人間形成の場
小学6年間は親が育てます。しかし中学に入ると、友人や先輩あるいは外部で支えてくれる方の存在が人間形成においてきわめて重要になります。つまり日常の学校生活全般が人間形成、人格形成の場なのです。そこで本校では「思考」と「体験」をキーワードに、さまざまな機会を用意しています。クラブ活動や生徒会活動、総合学習プログラムも成長の機会です。体育祭の応援団長として350人の後輩を動かすことになった高2の生徒は、思うように動いてくれない後輩たちから「信頼関係を築き相手を認めることが大切だと学んだ」そうです。まさにそういった苦労が、子どもを成長させるのですね。また「他流試合」と称しているのですが、学外交流活動も貴重な機会の一つです。世界各国の高校生が国連大使として国際問題に議論を交わす「模擬国連」や、経団連の主催する「次世代リーダー養成塾」など数十を数え、実にさまざまです。参加した生徒は、そこで大きな経験をします。いろいろな考え方を受け入れる柔軟性だったり、最後までやり遂げる責任感だったり、あるいは自律心だったり。そういったものを校内・校外の活動を通して身に付けていきます。そして、参加した先輩の声を聞いて後輩たちは刺激を受け、自分もチャレンジしてみようとなります。
大学進学は通過点です。本校での6年間は、社会や企業が求める資質を養う、得意分野や進みたい分野を模索する6年間でなければなりません。ですから、できるだけ多くの出会いの場を提供すること、そして生徒のチャンスの芽をつまないことが大切だと考えています。
人生の「母港」としての母校
そうして巣立った卒業生が、いつでも帰って来られる学校でありたい。そんな願いで昨年から取り組んでいるのが「Mother Port School」、人生の「母港」としての学校づくりです。「成人を祝う会」には、地方や海外の大学に進学した卒業生も含め97~98%が参加しました。また「30歳の会」では、結婚して家庭を築き始めたりキャリアを積んだり、実にさまざまな人生を見ることができましたね。青年海外協力隊に参加した後もコンゴで英語教育に携わる卒業生、MITで研究開発に勤しむ卒業生、中には小学校教師を目指す途中でお笑い芸人に転身し修業中の卒業生もいました。
そして今年から「就職活動セミナー」を大学3年生の卒業生を対象に行います。ファーザーズという父親の会、賛助会という卒業生の親の会の協力を得て開催します。
成人、就職、結婚など人生の転機に、あるいは必要な時に立ち戻れる母港。そこには6年間共に成長した仲間が、そして教員がいる。これは私学ならでは、と思います。
建学の精神は変わらないが社会は変わる
「実行力に富んだ、社会に有益な女性の育成」が建学の精神・本校の教育目標です。それが変わることはありませんが、「社会」は大きく変わっています。変化する社会に合わせて子どもを育てること、子どもが出ていく社会がどういうものかを見据えた教育をしていくことが建学の精神を守ることです。まさに「不易流行」です。
グローバル化社会で求められる力は、さまざまな場面でさまざまな言葉で語られていますが、要するに「コミュニケーション能力」「課題発見・解決能力」「チームワーク、コラボレーション能力」そして英語力です。それを養うのが授業であり部活動・生徒会活動であり、「他流試合」の校外活動であり、生徒自らが企画推進する活動です。今ちょうど高2生の有志が中心となって、走った距離に応じた金額を震災被災地に寄付するという「ジョギングマラソン」を企画しているそうです。川崎市と交渉したり企業スポンサーを募ったり実現に向けて精力的に活動しています。安全面だけはしっかり見ますが、それ以外は生徒の主体性に委ねています。
人の行動を規制するものはマナー、モラル、ルールです。このうちマナーとモラルは教え育てることのできるものですし、特に女子の場合は10代までに培われる価値観や考え方、気質や姿勢が、生涯の生き方を決定する核になるともいえます。成長段階ですから最小限のルールは必要でしょうが、マナーとモラルだけで生徒たちが気持ちよく学園生活を送れる、というのが私の理想とする学校です。
フレル編集部より
洗足学園新校舎。真俯瞰から見ると船の形になっており、校長室は「船首」に位置する。
6月28日、tvk「CHUMAN進学ナビステーション」取材と合わせて洗足学園中学高校を訪問しました。2000年竣工の新校舎は、客船クイーンエリザベスⅡ世をモチーフに大講堂・大小体育館・図書室・カフェテリア・教室が機能的に配置され、テレビロケに使われたこともあるモダンなたたずまいが魅力的です。一足制(上履きなし)にも関わらず廊下はきれいに磨き上げられており、生徒が校舎を大切に使っていることがうかがえます。
生徒の登下校が窓越しに見える校長室で行われたインタビューでは、校長先生から生徒一人ひとりの具体的なさまざまなエピソードをお聞きしました。「高校進級前に中3生全員と面談をして将来の夢について聞きます。するとある生徒が『夢はまだ見つかりません。デフレ社会で生まれ育った私たちは夢もデフレです』と答えました(笑)。そんなウイットに富んだ会話を生徒とできるのも楽しいものです」と校長先生。進級試験等を課さず原則全員が高校に進学できる仕組みからも、一人ひとりの生徒の成長を温かく見守る洗足学園の校風が伝わってきました。
音楽大学を併設する洗足学園ならではの取り組みの一つが音楽教育。「楽器習得プロジェクト」は中学3年間でバイオリン・トランペット・クラリネット・フルートから一つの楽器を選び習得、中学3年生時にはクラス単位でオーケストラ合奏があります。また教養としての音楽を身に付ける音楽教室(希望者)も用意されています。芸術は世界共通の教養。音楽に親しむことは、グローバル化社会でも大いに役立つことでしょう。